平塚柔道物語その5
平塚柔道協会 理事長 奥山晴治
2006年11月1日

5. 平塚柔道物語・その5

勝つと腹を決めることの大切さ

 勝負に勝つための秘訣は「勝つと腹に決めることである」と、かつての名人横綱栃錦が語ったことがある。 ふだんは温厚な人柄でもまわしを締めたときには別人になる。

 ここ一番の相撲の勝負、途中危ないところがあっても、最後に勝つ粘り強さは栃錦の魅力であった。

 昭和40年9月12日。神奈川県青年大会柔道の部が湘南高校体育館で行われた。平塚市は団体戦で第3位。 個人戦では、わたしが63kg級で優勝した思い出深い大会であった。

 私はこの大会に栃錦のように「勝つ」腹を決めて挑んだ。そのためか順調に勝ち抜き、7回戦目が決勝となった。 決勝戦の相手は相模原市のI選手であった。さすがに手ごわく、私も何度も得意技を掛けたが決まらず、延長戦となった。

 しかし、必死で戦ったものの引き分け。2回目の延長戦となった。 体は疲れてくたくたで「もう負けてもいいかという弱気な自分」と「いや勝つと腹を決めて来たのだという強気な自分」と ふたつの自分が交差した。しかし勝負がつかず、とうとう3回目の延長戦にもつれ込んだ。必ず勝つのだと自分を励ます。 しかし疲労のため、ここまで来たのだからもう負けてもいいか、の思いが一瞬心をよぎった。

 その時ふと相手を見た。相手も苦しさに負けているように見えた。苦しいのは自分だけではない。 私は全身の力をふりしぼり、「なんと!」と大きな声をだしたのだ。私が疲れていないと思ったのか、 相手は急に力が抜けた。私はすかさず得意の体落としを掛けた。見事に決まり、優勝することができた。

 柔道は技と技、体力と体力、心と心の戦いの総合戦である。勝つと決めた心は、勝負を左右する重要な鍵であると、 身をもって体験した大会であった。余談ではあるが、その後、県代表で全国大会に出場、全国第5位になった。

 当時、私の勤務していた平塚信用金庫では、代表の武藤理事長が、「奥山君は軽量姿三四郎だ」と賛えてくれた。

 さらに金庫の仕事として、数千万円のお金を市内の銀行に運ぶとき、私と同僚の職員、 柔道の仲間の小畑寿君(県青年大会68kg級3位)が任せられた。

 当時は警備保障の会社はなかったように思う。私たちは柔道が強いというだけで、職場でも頼りにされた時代であった。 いい思い出である。


写真後列右は平塚柔道協会第3代会長大川太郎氏、
左は小畑寿氏、前列右が63kg級で優勝した筆者


(HIRATUKA 市民ジャーナル 連載記事より抜粋)

戻る