平塚柔道物語その12
平塚柔道協会 会長 奥山晴治
2007年6月1日

12.平塚柔道物語・その12

一生懸命のチャンピオン・女子三羽烏の三人目 仁藤愛

 大野中学校女子三羽烏の3人目は「一生懸命」のチャンピオン仁藤愛である。

 彼女は、兄が大野中柔道部の主将をしていたという関係で、柔道部に入部。 小学校時代はピアノに夢中になっており、スポーツなどは全く縁がなかった。

 初めて行ったスポーツが柔道なのである。入部当初、1年生は男子9人女子3人であった。 その12人の中で、彼女は一番弱かった。さらに、彼女にとって練習がきつかった。

 当時のことを彼女は語る。「自分はこれから先、続くかどうか不安だった。 正直なところ、自分は投げられることがあっても、だれも投げることはできなかった。 そんな私を見つけて、真田先生は何回も何回もわざと投げられてくれた。 私はそのことによって、投げる楽しさを少しずつ味わうことができた。 そんな真田先生の心づかいがうれしかった」。

 また「その後、真田先生は『仁藤よ、他人(ひと)に勝ちたいのなら他人の3倍も5倍も練習することだ』とおっしゃった。 私は『一番弱い自分は一生懸命だけは誰にも負けない自分になろう』と心に誓った」と。 その時から、彼女は大きく変わっていった。

 2年生になり、神奈川県の新人戦女子の部の大会があった。 同級の青木、塩澤は先に各級で優勝し、仁藤の試合を待っていた。

 「絶対に勝て」と二人は気合をかけた。仁藤は、三羽烏の残る一人として「勝たねばならないというプレッシャー」と 「決勝の手ごわい相手」と、二つの敵と苦しい戦いをしていた。しかし、勝利の女神は仁藤に味方した。

 優勝が決まった瞬間、真田は彼女の前にかけより、「仁藤よ、よく頑張ったな!!  青木も塩澤も先に優勝していて、そのプレッシャーにもよく耐えたなあ」と言った。

 彼女はうれしかった。「この時ほど柔道をやっていて良かった、と思ったことはない。 真田先生にほめてもらえたことがうれしかった。 自分は先生にほめられるためにやってきたように思えた」と語る。

 平成14年三羽烏は県代表で全国大会に出場し、活躍した。

 仁藤は中学校を卒業すると、柔道の強い横須賀学院高校に入学、 2年生の時、「優勝しなければおかしい」というほど練習をした。

 彼女の思いはかない、県大会で優勝。52kg級のチャンピオンになった。 その時、真田先生の言葉「他人に勝ちたいのなら他人の3倍も5倍も練習することだ」を思い出したという。 まさに、死に物狂い=一生懸命のチャンピオンであった。

 現在、一見柔道よりピアノが似合う、さわやかな日本体育大学2年生である。


平成17年1月全国高校選手権大会県予選52kg級で優勝


(HIRATUKA 市民ジャーナル 連載記事より抜粋)

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